矢部晶宏

"Let everything that has breath praise the LORD. Praise the LORD." Psalm 150:6

夏の始まり、妻から初めてGRCの話を聞いた時、鼻で笑いました。おじいちゃんの容態が悪く、9月上旬に家族で栃木から鳥取に帰省する予定だったので、GRC参加は経済的にも休暇取得の面でも無理だと決めつけていたからです。実際におじいちゃんに会って、GRC参加は非現実的だと思いました。GRC参加中に何かあったら、すぐに飛んで行けないからです。しかし、不思議と「GRCに参加するように」との思いが内側から湧いてきて、「無理無理」と言う頭と参加を促す心との間で葛藤を覚えるようになりました。

そんな時、GRC参加のための奨学金があることを知ります。しかし申込み期限はとっくに過ぎている。ダメ元で問い合わせると、GRC事務局方が、「ぜひ申し込んでください」と言ってくださりました。それでもまだ高い参加費と交通費、赤字覚悟で手続きを進めていると、突然、スイスの尊敬するクリスチャンの友人からメールが入ります。「何か困ったことはないか?遠慮せず正直に言いなさい!」。状況を説明すると、数日後、GRC参加に必要なお金が送られてきました。僕も妻も言葉を失い、神様の恵みの深さにただただ感謝捧げました。

GRCは、言葉で言い表せない祝福、チャレンジ、励ましの連続でした。懐かしい友との再会、新しい友との出会いがあり、クリスチャンは人口の1%に満たない日本で、400人を超える熱いクリスチャンと共に過ごした濃い3日間は忘れられないものとなりました。

2つの大きな体験をしました。1つ目は、イエス様の十字架の愛と赦しに改めて深く迫られたことです。そもそも、このカンファレンスでの、僕の最大の願い・祈りは「神様ともっと近くなりたい」ということで、祈りの機会がある度にそのように祈ってもらい、賛美、メッセージ、交わり、Quiet time、祈りを通して、フレッシュな形で神様の臨在を感じました。

そして、2つ目はヨーロッパへの宣教の確信です。初めてヨーロッパ宣教の思いを頂いたのは10年前。ずっと温め続け、何度も疑い、葛藤してきたその思いが、主から与えられた「召し」だとカンファレンス前後を通して強く確信できたのです。

2005年春のスイス、ヨーロッパを短期訪問していた僕は、度重なる不思議な出来事を通して、自分はスイスまたはドイツ語圏に呼ばれていると考えるようになりました。さかのぼること半年、宣教師の召しを頂いていましたが、発展途上国に呼ばれていると思っていたので、ヨーロッパへのCallingは大きな驚きでした。それから、ただ1つのことに焦点を置いて人生設計をしてきました。それは、「スイスまたはドイツ語圏で宣教師として神様に仕えること」です。スイスでYWAM・DTSを修了し、ニュージーランドの大学で文化人類学・ドイツ語・言語学・宗教学を学び、ドイツの大学で交換留学もしました。

父親が設立した会社を継げば、海外に大きな需要があるので、成功し親孝行できたかもしれません。でも、「将来は宣教師になりたい」という一言で、両親の願いは散りました。怒りの目の奥に大きな落胆と悲しさがあったことも知っています。それでも、10年拒み続けた父親を亡くなる2ヶ月前にイエス様に導けたことは、最大の親孝行だったと神様に感謝しています。

ヨーロッパ行きの準備を進めていたものの、結婚するにあたり、ヨーロッパに行きたい僕も、インドネシアでの宣教の重荷があった妻も神様に深く取り扱われ、心の痛みを伴いながらも、それぞれの願いや思いをもう一度主にお返ししました。それから5年、たくさんのことを学びました。自分の罪深さと弱さ。十字架の愛の大きさ。天国の希望。滅びゆく魂に対する主の熱い思い。日本を愛すること。聖霊様により頼む生き方。主を愛し、隣人を愛すること。また、夫婦で一致して来たのは、イスラム教徒への重荷と、僕らが行きたい場所じゃなく、主が僕らを送りたい場所に行きたいと思うようになったことです。

GRCに家族3人で参加できたのは、GRC奨学金とスイスの友人のサポートのおかげです。会場に向かう道中、電車を待っていると、日本とスイスの国旗が描かれた電車が目の前を過ぎ去りました。そして、全体集会で語られたメッセージは、10年前に僕がスイスで語られた、ヨーロッパに呼ばれていると思うきっかけになった聖書箇所でした。礼拝メッセージを聞きながら、眠っていたヨーロッパ宣教の思いが内側から熱く湧き上がってくるのが分かりました。この10年、自分の召しを何度も疑い、心に穴が空くような経験をし、他の道を歩もうと何度も思いました。自分の弱さゆえ、宣教師として仕えるのは無理だと何度も泣きました。しかし、主が恵みと憐れみを持って、僕と妻をここまで導いてくれたことに、ただただ感謝でいっぱいでした。

翌日早朝、ルーティーンのQuiet time walk中に賛美していると、1つの御言葉が心に浮かびました。「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たち主イエス・キリストにある永遠のいのちです。」(ローマ書6章23節)本来僕自身が受けるべき罰と死、それをイエス様が十字架上で身代わりになってくださった。その愛と憐れみのリアリティーに深く包まれ、涙がこぼれてきました。救いに預かっている幸せと喜びに浸っていると、心の中に「これを伝えに行ってくれるか?」と小さな声がやってきました。車や歩行者が通り過ぎるなか、ハッと立ち止まり、しばらくの沈黙を経て、「はい、わかりました」と答えた瞬間、溢れてくる涙を抑えることができませんでした。また、カンファレンスから数週間後、GRCでの体験談を一切シェアしていない母教会の牧師先生からも、僕ら夫婦は将来ヨーロッパで働くのが適しているのではと仰っていただきました。

GRCは人生のターニングポイントになるカンファレンスでした。

スイス・ドイツにある滅びに向かっている魂を主に救っていただくために、主が僕ら家族に望まれていることは何なのかを伺い、御声に聞き従いながら、具体的に動き出そうと思います。小さな家族ですが、僕らをお祈りに覚えていただけると嬉しいです。よろしくお願いいたします。

祈りのリクエスト
・JTJ宣教神学の通信での学びを速やかに修了し、宣教師として出ていく準備が進められるように。
・宇都宮でイスラム教徒と出会う機会が増えていますが、良い友人関係を築き、福音をシェアできるように。
・ヨーロッパの日本人クリスチャンが堂に集うSLIM Conference(2016年4月ドイツ開催)に参加する予定ですが、必要が満たされ、手続きがスムーズにいくように。

GRC証